KUMANOMORI-arts 小説原本 【R18ショートストーリー】『本命なんていらないし』【佑ver.】

【R18ショートストーリー】『本命なんていらないし』【佑ver.】

あらすじ:鵜方岬(うかた みさき)は恋が実る可能性が低い相手を好きになり、失敗の連続でいつも誤解を生んできていた。
 2ヶ月後に編入学を控えたある日、岬は大学の友達主催の飲み会に参加する。酔った岬を送り届けに家に来た友達の成瀬佑(なるせ たすく)に詰問された。
「岬の本命は誰?」 
 佑の問いかけに後ろ暗い部分を持つ岬が、「教えない」と答えてしまったことで、関係に変化が生まれてしまって……。
 恋愛も性愛も上手くコントロールできない岬と「友達」のショートストーリー。佑ver.


※もともと一本の話でしたが、3人のヒーローでそれぞれエピソードを分けて短編にしてみました。
 「本命は?」の選択肢に「答えない」と答え続けるとハッピーエンドになるノベルゲームもいいな、と構想しましたが、結果やめました。
 諸々の理由により、よそ様のサイトに投稿するのは微妙なので、こちらに置きます。

 

 飲み会

 それは、あと2ヶ月で、大学を編入学するはずのタイミングだった。

 大学の友達主催の飲み会に参加したのは、少し気が緩んでいたこともあると思う。

 私の隣には憧れの先輩の弟達がいた。

 高校時代からお世話になって来ていた先輩達とは、進路が別れてしまっている。

 ユースに所属していた莉子先輩は、高校卒業と同時に地域リーグのプロサッカー選手になっている。玲奈先輩は美容専門学校に行き、美容師としての修行をしていたし、美波先輩は美大に進学していた。

 進路が別れてしまったけれど、先輩達とまったく交流がなくなったわけではなく、私は先輩たちに呼ばれたら、どこにでも行く。

 特に、あの先輩に呼ばれれば尻尾を振ってどこにでも行くと思う。

 隣で飲んでいるのは莉子先輩の弟の、成瀬佑だ。筋肉質な身体つきをしているスポーツ青年で、莉子先輩と同じようにユース育ちだ。ただしサッカーは観る方が好きだと公言していて、プロを目指すことはやめたらしい。

 性格は大らかで細かいことを気にしない性格だ。

 チラッと視線を向けたら、首をかしげてきて、

「岬、これ飲む?」

 と自分の飲んでいたトロピカルサワーをこちらに向けてきた。

「いらないよ、なんで飲みかけ。飲みたいのは自分で注文するし」

「明日朝からフットサルだから、あんま飲まないつもりだったんだけど。量多いなぁ……」

 ぼやく佑の脇では、今藤甚平と夏川海翔が恋バナを始めていた。

「海翔は最近好きな子いる?」

「いない、出来るわけないじゃん。もうさ、かなりのトラウマで傷負ってるし」

「へぇ、トラウマってさ行動しないと余計と深くなるらしい。傷が深くなる前の今がチャンスじゃね?」

 なぜか今藤の視線がこちらに注がれてきて、つられるようにして、夏川の視線がやって来た。内心、うわ、と私は思う。

「チャンス、ね」

 と物静かな視線がこちらに向かってくる。隣の佑がチャンス、か、と呟いた。

「鵜方は酔うとどんなになるんだっけ?エロくなるって名越先輩が言ってたけど、マジ?」と今藤がぐいぐいと聞いてくるので、

「何そのデマ情報。それに誰、名越先輩って」

 と返しておく。

「誰って、わざとらし」

 と夏川が言う。

「……」

 佑の視線がこちらに注がれた。

「で、さっきの話。この中で彼女いる奴っているっけ?」

 今藤が言い、

「甚平はいるじゃん」

 佑が呟く。

「別れた。で、佑は?」

「高校以来いないなぁ」

 佑が言ったら、

「まあ、海翔は論外かぁ。そもそも童貞だっけ?」

「うるさい」

 と夏川が吐き捨てる。

 勝手に男ノリの話が始まって来たので、私が逆サイドの女の子の話に入ろうと思う。けれど、そちらはそちらで、二次元の推しの話をしはじめていた。

「スターリーフレンズのマシュマロ王子がメタバースでファンサしてくれたよ」

「私もイエペでプレーする約束したんだけど」

「他のソシャゲでも会ったよ」

「王子湧きすぎてない?どれが本物?」

(マシュマロ王子とは?分からない……!)

 逆サイドでは、

「彼女欲しい、出来ればめちゃくちゃビッチな子がいい」

 今藤や、

「俺はマジで賢者状態だから、別に要らない。既に今も眠い……」

 佑のやりとりが聞こえた。

「じゃあ、誰か彼女出来たら、シェアすればいいじゃん」

「ばぁか、お前らとシェアなんか絶対にやだよ」

 どっちにも入れないことが分かったので、黙々と飲むことにした。

 黙々と飲んでいたら、酔いが回ったらしい。立ち上がったら、ふらっとした。

「佑、ごめん」

 寄りかかった相手に声をかけたら、送ってくよ、と言われる。

本命は誰?

 熱いと感じたときには、自分が小さくうなる声を聞く。下腿部に違和感があり、内腿を流れるとろっとした何かを感じた。

「え……なに」

 胸元に裸の厚い胸板がぶつかって来て、ぱちんと弾ける音がした。

「ね、岬の好きな人って誰?」

 熱い舌が私の唇をなぞって来て、はっと目が覚める。

 周りには見慣れた雑貨が散らばっていて、フィギアが飾られていた。バイト代を叩いて買ったゲーミング用のノートパソコンが開いたままなのが見える。床から見あげる部屋の光景は新鮮だ。

 私に覆いかぶさってくる影の主は、さっきまで隣で飲んでいた相手だった。全身裸で私もまた、何も身に着けていない。

「た、佑?どうして?」

「ごめん、岬。どうしても知りたいんだ。岬の本命教えてよ」

「……」

 いつになく真剣なまなざしで佑はこちらを見る。

 私の本命……?

「教えない」

「教えたくないんなら、仕方ないな。本当はこんな形にしたくなかったけど……。そろそろ限界なんだよ」

「……」

 佑の大きな手が私の太腿を左右に割り開く。さっきまで自分の中で何が動いていたのかを、今知った。内腿に流れていたのは、十分にとろかされた証の、愛液だ。

「佑、なんで……こんな」

 佑は私の内腿に左右の親指を食いこませてきて、

「岬の本当のことが知りたい」

 と言ってすうっと息を吐く。まるで準備体操の深呼吸みたいだ。佑のきれいに割れた下腹部の腹筋が見えたかと思えば、私の剥き出しの部分に熱いものがぶつかって来た。

「ふっ……」

 吐息がもれる。

「やめてって言っていいよ、無理にやんない。でもその代わり、岬の――――」

 佑が眉根を寄せている。もう一度さっき聞いてきたことと同じことを言って来た。

(なんでそんなに悲しい顔しているんだろう……?)

 心当たりは……一つだけあった。

 佑が私にずっと聞きたいことがあったのは、うすうす気づいている。でも教えるつもりはなかった。

「して、いいよ」

 私は佑と向き合うことを避ける。佑はガッカリしたように頭を振ったあとにため息をついて、私の中に這いのぼって来た。

 ぬぷっと自分の中から音がして、身体がかっと熱くなる。押しあげられる感覚が強くて、息がつまった。

既に知っている感覚だったけれど、ボリューム感があって想像以上に苦しい。

「んん……苦し」と告げた。

「ごめん……。でも、止めてあげない」

 吐息まじりに返って来る声は切迫している。

 引きずりだされて、這いのぼられた。強い力支えられながら、お腹の中がパンパンに満たされる。

「みさき。――――き」

 この感覚は、あの時以来だ。大きな過ちをしたあの時以来、私は誰かとこんなことをしていない。

 この夜私は、友達を汚してしまった。

 ※

なかったことに

 目覚めたときに傍らに寝息を立てる相手を見つけて、がっかりした。夢じゃなかったんだ。

 身体を起こそうとすれば、佑に腕を引っ張られた。私のことを抱き枕だと思っているらしい。

「みさき」

 呟いて再び寝入る。

 お腹の奥がじんじんとした。足が閉じにくいのはきっと、昨夜の名残だ。

 足を開いて身体を押しつけられて奥までこられたら、苦しくて仕方ない。やっと耐えられ

る感じだ。

 帰ってくれないのかな?と思うのに離してくれない。

 佑は大型犬みたいだなと思う。太陽の光が似合うイメージがあった。

 佑とは学外でも会うことが多い。最近はあまり会わないけれど。

「みさき」

 再び寝言を呟いている。

 ゴミ箱の痕跡を見てうな垂れた。大失敗だ。

 鍵を置いて先に部屋を出ることにした。のだけれど……。

 家を出てすぐに、その場で待ってて、朝飯食おう?と連絡が来た。仕方がないので、家に戻り残っていた食パンとカップヌードルを食べる。

 佑は容赦なく在庫をすべて食べてしまう。

「お金請求するよ?」

「今日は買い物してくる」

「買い物してくる?なんで?」

「今日も泊めて」

「はぁ?いやだよ」

「ダメ。始めちゃったから、俺がもし帰ったら他のやつが来ちゃうかも」

「他のやつ?」

「そう、甚平と海翔」

「来ないよ、呼んでないし」

「来るよ。そういうゲームだから」

「意味が分かんない、説明してよ」

「岬の本命を探るゲーム」

 息を飲む。本命。じっと佑を見つめていたら、

「岬が本命を教えてないから。まだゲームはコンティニュー」と言って来た。

「何それ。勝手に始めないでよ!」

「でも……失敗したな」

 と言って佑もゴミ箱を見てから、頭をかく。

 失敗。同じことを思っていたのかもしれない。

「酔って失敗して、やっちゃった……って?」

 自虐をこめたら、

「違うよ」

 佑は頭を振った。佑とは気の合う友達だと思っている。でも、それも昨夜までのことだ。

「好きじゃなくってもさ、出来るじゃん。特に男は、相手からオーケー出れば、出来ちゃうじゃん?昨日のことは忘れよ」

「……」

 佑はじっとこちらを見つめている。そして何を言うかと思えば、

「食わないなら、それもらっていい?」私の食べかけのカップ麺を指差した。

「いいよ、大食漢」

 私はテーブルの上でカップ麺の入れ物をすべらせて佑に渡す。

「スポーツやめたら太るよ?」

「運動量があるうちとか二十代のうちは平気だってコーチが言ってた」

「へぇ。運動好きなら平気かもね」

「走って学校行く?」

 とんでもない提案をされたので、全力で首を横にふる。体力に自信なんてないし、昨夜のことでそもそも足が動かしにくい。

「さすがに、佑と違うんだよ。身体の作りが」

「あ……やっぱ痛かった?」

 視線を逸らさずに聞いてくるので、少し、と答えた。そしたら、佑がテーブル越しに抱きついてくる。

「はぁ!?」

 のけ反ったらカップヌードルの空き器が床に落ちた。

「あ~やっばいなぁ……」

 佑は頭をかく。

「な、何してんの?」

「殺されるかもな……。でも、仕方ないな」

 穏やかじゃないことを呟いている。私がしぶしぶ空き器を拾いあげた。こぼれてなくてよかった、と思う。

「なかったことに、しよ」

「なかったこと……」

 ゴミ箱に視線をそそぐので、私は首をふった。

「あれを捨てれば思い出さない」

 下腹部がつっぱる感覚が残っているのも、そのうち忘れると思う。

「岬はそうすればいいよ。でも、本命を探るゲームは終わらない」

 本命。

 そんなことを言われるとは思わなかった。あの飲み会を企画したのは、三人だと聞いている。だとしたら、仕組まれていたのかもしれない。

 無理やりされたといって、訴える?

 出来ると思う。

 でも、私は佑のことが嫌いなわけじゃない。ただ、少し困ることがあるだけで。

 遭遇

 家を出て学校に向かうために駅に向かって歩いていたら、車が徐行する音がした。

「あれ、二人一緒?珍しい」

 声がかかって声の方をみれば、車の運転席から莉子さんがこちらを見ている。

「莉子さん!」

「久しぶり、岬」

 言葉には濁りはない。ホッとした。

「佑、フットサルバックレたでしょ?連絡くらいしろよって、相模に言われたよ」

「ごめん」

 佑はたしかに、昨夜の飲み会で今日フットサルがあるって言っていた。

「飲んでて寝過ごした」

 と正直なことを口にしたことで、微妙な空白を生む。寝過ごしたのに、なぜ私といるのかという話だ。

私の家にいたのは、まぎれもない事実だけれど、莉子さんに知られたくはなかった。

「寝過ごすって、そんなに飲んだの?」

 知らんぷりをして、私は合いの手を入れる。佑の表情が固まるのが分かった。まるで音を立てるみたいに、ぴきっと固まっている。

「佑は飲むと眠くなるしね。ま、調子に乗りすぎるなよぉ」

 と莉子さんは佑に声をかけた。そして、

「とりあえずまあ、岬が元気そうでよかった。またね」

 莉子さんはそう言って、私に手を振ってくれた。車の窓を閉め、走り去っていく。

 残された私達の間には、微妙な間があった。

「……」

「……」

「莉子にバレたら、ヤバいのはたしかだけど」

 私の思っていたことと同じことを佑は言う。

「なかったことにすればいいんだよ。酔ったノリで、頭まわってなかったからって」

 私は念を押した。けれど、佑は視線をそらさない。

「俺は……」

「俺は……?」

「ノリじゃやんないよ。酔ってると眠くなるじから基本たたないし、イケないし。誰とでもやるわけじゃないよ。どうしても、入れるまでに解さなきゃいけなくてかなり時間かかるし」

「それ、い、言わなくっていいってば!」

「でも。岬が莉子に嘘つくほど、忘れたかったってことだけは分かった」

 しょんぼりとした顔をするので、心が少しだけ揺れた。

「だって、佑も困るでしょ?」

「俺は困んないよ。誰にバレても全然平気」

 さらっと言って、頭の後ろで手を組む。学校行こ、と言う。

 佑の後ろ姿を見ながら、心の中で問いかけた。

 ね、佑、教えるつもりはないんだよ。

 その箱を開いてしまったら、また苦しくなるから……。

 当てつけ

 学校に着くといつも午前中の授業には出てこない甚平がいて、こちらに気づくとニタニタと笑って近づいてきた。

「な、どうだった?佑、巨――――だったろ?よかった?」

「甚平は朝から元気だなぁ」佑はぼやく。

「何言ってんの、朝から下ネタぶち込んで来ないで。なんもやってないよ」

「やってないなら、オレの番だな」

「やったよ、計三回」

「な、な……!」

 佑は私の肩を掴んで引き寄せる。痛いよ、と言ったら、ごめんと言って離す。はぁとため息が聞こえて、

「ほらぁ、イチャイチャしてたから、海翔が嗅ぎつけてきた」

 と言って振り返れば、夏川がいた。私の顔をじっと見つめて来るので、

「なに」と返す。

「無理矢理だったなら、通報ものだよ。あんな規格外のおっそろしーの」

 今藤と同じ話を蒸し返しているのが分かったので、睨み飛ばしておく。

「え、膨張時の見せたことあったっけ?」

「平常時であれじゃ、想像できるって話だろ」と悪ノリのコミュニケーションをし出すので、聞いておけない。

 この三人は幼なじみらしい。

 高校の頃に彼らとは知り合った。

 私がこの三人の誰かと話しているだけなのに、ぞろぞろと近づいてくる残りの二人を不思議に思っていたのだ。後から聞けば、三人は幼なじみで、系統は違うものの、何でも話す仲だと言う。

 元々この三人のお姉さん達と仲が良かった私は、意図せず距離が縮まっていく。

 佑とは莉子さんの試合を観に行くことが多かったし、佑自身がアマチュアの試合に出るときには莉子さんと観に行くこともあった。

 最近は、めっきり減ったけれど。

「で、教えてもらってないってこと?」

 甚平が佑に仄めかすのは、何度も問われたあのことだと思う。

「うん」

「手ごわいよなぁ」

「四択にまで絞られているけどね」

 夏川がそう言うので、私の胸がギュッとひきつった。

「バッカじゃないの。人の事情に首突っ込んでさ、みんな暇で欲求不満なわけ?アプリとかネトゲとかで彼女作れば?」

 誤魔化すために突き放すことを言ってみるけれど、

「出来るならさ、してるよ」夏川が言う。三人から注がれる視線に耐えかねて、私は離れた席に行くことにした。幼なじみ三人の情報網で何を話されているのかは正確には分からない。

 でも、心当たりはあった。

 追って来た佑が、

「ごめん」と謝って来る。

「何もかも人のせいにするのやめてよね。彼女出来ないのは自分に原因あると思うけど?」

「……」

 特定の女友達を作るのが苦手な私は、この三人と話す機会が多い。でも、きっとそこにも問題があるんだろうと思っている。

 この三人には見られたくない場面を見られているから、なおさら問題があるのだ。

 佑には……。

「莉子がずっと、岬元気にしてるかって聞いてきてたんだ。でも今日会えたから安心したって連絡来てた」

「そう」

「……」

「やったとかやってないとか。話のネタにするのやめてよね。佑からすれば、大したことじゃないかもだけど。こっちは被害大きいから」

「俺じゃなくて甚平とか海翔の方がよかった?」

「はぁ?そういう問題じゃないよ。なんで話すわけ」

「ちょっとだけマウント取りたくなって。岬とのことで、俺が二人に敵うことってそれくらいしかないから」

「……」

 目が合って見つめ合ってしまったから、気まずさに気づく。

 佑は力が強くてひたすらに名前を呼んでくる。

 とてもひた向きで、切ない。

「……」

 あんなのは、彼女とか好きな人とした方がいいって思う。

 机の上の手に、佑が手を重ねてきた。

「本命を教えてくれたら、やめる。俺が岬にしたいことは、きっと全部嫌がらせになるんだと思うから」

「……」

「でも、岬は編入学するって聞いたから。今を逃したらもう、何も残らないじゃん。それはやだなって思う」

「……」

「教えてくれたらそれでいいんだ」

 佑の瞳は澄んでいて澱みがない。

 佑が聞きたいことは分かっている。

 半年ほど前、莉子さんの試合を観に行ったときのことだと思う。その日は佑と約束していなかった。莉子さんから一人で来てと言われていたからだ。

 私もそのつもりで行った。

「教えない」

 私は即答する。

 佑の朗らかな表情が曇ったのを、見た。

 聞きたいことは一つだけ

 ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、舌が陰核から、尿道口、膣口、肛門を縦断していく。

「ふぅ……っ」

 声をもらさないように手で口を押さえるけれど、舌先で粘膜を執拗に舐め続けられれば、どんどん粘膜が充血していくのが分かった。

 私の腿の間にしゃがみ込んでいる佑の吐息が、尿道口を刺激する。

「ん……っ!」

「どんなことしてたのか、気になる。岬の本命が誰なのかは知らないけど……。こんな風なことやってた?」

 フルフルッと腰が震えてきて、切ない排尿欲が刺激されてしまう。さっきからこうしてずっと、我慢を強いられている。

 教室で教えない、と即答したとたんに手を取られた。授業が始まる前に、教室から連れ出される。誘導されるままにしていれば、空き教室に入るように言われて、机の上に座らされた。大腿の間に身体を挟み込んできたかと思えば、ショートパンツの上から性器の場所をなぞって来る。

「岬、本命教えて」

 もう一度言われても、私は首を横に振った。

「どうして……。言うだけなら、簡単なのに」

「何回聞いても同じだよ。佑は昨日のことと同じように、みんな忘れちゃえばいいんだよ」

「何とも思ってない子なら、忘れられるよ。でも、俺は岬のこと……」

「私は佑のこと、友達としか思ってないから」

 佑の瞳が、悲しい色に染まるのを見る。可能性を残すのはいけないことだ。

 勘違いされることも、期待させることも罪深いと思う。

「知ってるよ」

 佑は小さく言って、それから強引に私のショートパンツと下着を脱がしていった。

 そうして、ずっとひたすら尋問を繰り返しながら、私の局部を舐めていく。

「や、やめて……」

「出そう?」

 見あげる瞳は澄んでいるけれど、どこか嗜虐的な色が浮かんでいる。足を閉じようとすれば、腿を押し広げて妨害してくるのだ。もう一度舌が、陰核を舐めた。

「ひぃ……!」

 下腹部に力を込めて我慢しようとするけれど、今度は指の先で尿道口を揉まれる。

「どうやるの?俺は男だから分かんない、教えてよ」

 私は首を振った。

「しない、こんなの」

「あの日、岬が泣いてるの見た。何にも聞かない方がいいって思ったけど。あの日以降、一緒に試合行ってくれなくなったから。俺は岬と一緒に過ごしたかっただけなのに」

「……」

「気づかないふりしてれば、一緒に出かけてくれると思ったよ。全部知りたいわけじゃない。でも、距離を取られちゃったら、やっぱり悲しいし」

「聞かないで。佑といると、忘れられないから、いや。もう、私に近づかないで」

 佑は眉根を寄せた。辛そうな顔に見える。

 私は基本的に波風を立てないように気をつけているつもりだ。でも時々、失敗してしまうことがある。例えば、今みたいに。

 ぷちゅっと音を立てて佑が私の膣口と肛門に指を差しこんでくる。長い指が中でうごめいて、声があがった。

「やだ……っ」

「じゃあ、教えてよ」

 繊細な部分に息がかかって、手で押し退けようとするのに、手を押さえつけられた。力で佑に敵うわけがない。

 腿の間から見あげてくる佑は、すがるような目をしている。そんな目をしないでよ。

 佑が欲しいものを、私はあげられない。

「教えない」

 顔を逸らして言ったら、舌がもう一度陰核を舐めた。さらに尿道口に吸い付いてきたところで、たがが外れる。ぴしゃっと水音が出て、私はゾッとした。ちょろちょろと音を立てて床に落ちていく。顔が熱くなり腰から下ががくがくと震えた。

 佑の頬に飛び散った液体が、チラチラと光っている。

「ご、ごめん……っ」

「全部飲めば、教えてくれる?」

 口元を拭う佑を見て、申し訳なさで全身が熱くなる。床に落ちた液体を、早く拭かなければと思うのだけれど、佑は私の腿の間に身体を挟み込んでくるのだ。

 布が擦れ合う音がして、佑が自分のズボンのジッパーをさげるのを見た。隆起している形を見るだけで、その質量に慄いてしまう。

「入るか、な」

 佑が茎の部分に手を添えて、私の中に食いこませてくる。亀頭部が大きくて、息が止まりかける。

「あっ、はぁ!」

「やっぱり、キツいか……」

 すり合わせる粘膜はひりひりとした。ギリギリまで引きのばされた状態で、前後運動が始まる。

「あっ!む……無理だよ!」

「ごめん、もう、我慢できない」

 蛇行して入り込んでくる佑の竿は、突き当りまでぶつかって、そして去っていく。

「ひぁあ……っ」

 声をこらえるけれど、強引にガツガツと這いのぼって来る佑の動きに、大きな声が出てしまう。

「みさき、俺――――」

 耳元で囁かれた言葉は、私を追いつめるのには十分だった。内腿に佑の下腹部がぶつかる。

 パシンパシンと音を立てて、身体がぶつかり合った。ばちゅん、と膣内がえぐられる音がして、

「はぁあん」と声が出てしまった。

 足ががくがくする。何度も揺さぶって来る佑はまるで私に何かを懇願しているみたいだ。

「岬、岬、みさき!」

 佑は何度も名前を呼んでくる。

 両想いの好きな人と、身体の奥まで結ばれて、一生一緒にいる。

 一生一緒にいたい。

 そんな可愛い理想は、おとぎ話の中だけなのかな?

 
 好きな人

 莉子さん。

「ごめん、岬。私にはここが限界」

 泣きそうな顔で謝って来た彼女は、何一つ悪くない。

「うん、分かってたよ」

「岬の気持ちはすっごく嬉しかった。好きだったら大丈夫だって思っていたけど、好きにも種類があるんだね」

「うん、身体の反応が本当だと思う」

「ごめんね」

 私の頬を撫でる莉子さんの仕草には遠慮があった。

 想いが強い方は想いが弱い方の気持ちが分かる。釣り合っていない想いは、ひたすらに想いの濃度が濃い方から薄い方へと流れていく。

 ごめんなさいは、何回もされてきた。

 女友達を作らないのは、いつだってそれが理由なんだから。

 同性への幻想が、恋愛感情に擬態しているんだよ。

 お母さんからの愛情が足りてないんだよ。そんな風に誰かに言われたことがあったな。

 ごめんなさい、莉子さん。

 可愛そうな莉子さん。

 私なんかに好かれて。

 私はあなたの弟と、今セックスしてるよ。

 容赦なく最奥を貫いてくるのは、彼の身体がその機能を持っているからだ。

 男の身体を持っていたら、莉子さんは私のことを好きになってくれたかな?

 きっと、それはないな。

「みさき、イク……」

 ぐりゅぐりゅっと一番奥を突かれたときに、ぎゅん、と膣内が痙攣する感覚があった。

 この身体を持って生まれて、使ってみて、その気持ちよさは分かったよ。

 でも、好きな人とは出来ない。

「みさき」

 かすれ声で私を呼ぶ佑は、いつか好きな人と……本命と結ばれるのかな。

 好きじゃなくても、こすり合わせれば気持ちいいね。

 身体の力が抜けていて、机の上に横たわった。

「誰のこと、考えてたの」

 見おろす佑には、表情はない。

「教えない」

 もう一度、そしてもう一度、揺さぶられるように抱かれた。

 離れる

 

 目が覚めると、私は机上半身を預けるようにして眠っていた。

 佑は部屋の片付けをして去っていったらしい。

 スマホには、痛み止めリュックに入れといた、ごめん。とだけメッセージが入っていた。

 痛みはない。ただ耳に当たった吐息や切ない声だけが記憶にある。

 身体を起こしたら、腿の間に違和感があった。

 ただの気晴らしのセックスだったならいいのに。

 佑は……あまりに必死で切ない。

 好きな人の弟で仲のいい友達。好きっていう感情は即座に行動よくに火がつく。目で追う、声をかける。

 私は莉子さんが好きでそのためにしか動いていなかった。

 佑がどんな気持ちかなんて考えたことがない。私は侮っていたのかもしれない。好きじゃない相手だからどう思われてもいいって。友達だから適当に接していていいって。

 私は佑にどんな風に接してきただろう。

 私が莉子さんのことはで一喜一憂するように、佑も一喜一憂していただろうか?

 きっと誰もが好きな人以外の思いには鈍感だ。

 私たちの間には、友達関係以上の何も生まれないはずだ。佑と仲良くなったきっかけは覚えている。

「一緒に行く?」

 莉子さんの試合に行きたかったけれど、一人で行くのは押しが強い感じがして、迷っていた。

 莉子さんは憧れの先輩だ。ハキハキとしていていつも明るい。誰に対しても、裏表な接してくれる。

 スマホの画面が見えたのだと思う。莉子さんにチケットのことを聞こうとして、文章を作ったままの画面だ。

「俺チケット持ってるし、一緒に行こ?」

 隣の席に来た佑はそう言った。

「いいの?」

 純粋に嬉しかった私は、じっと佑を見つめてしまう。

「うん、莉子も岬に来てほしいって言ってた」

「岬……」

「あ、莉子がそう呼んでたからつい」

「いいよ呼びすてで。そのかわり私も莉子さん流に佑って呼ぶけど」

「うん、その方が嬉しい」

 佑は明るく笑った。あ、暗がりがない、羨ましいと思った。

 嬉しいって思って素直に笑う。言葉と行動が一致している感じが彼からすれば当たり前のとだとしても、新鮮だった。

 この日をきっかけに、私は佑と仲が良くなったのだ。

 佑とは学校内でも話をする。好きなゲームやスポーツの話は莉子さんのチームの話をきっかけじ、よく話をするようになった。

 友達に告白して、気味が悪いと言われたこともあって、女の子と距離感をとっていた。好きになっても実る可能性の低い恋愛は辛い。

 莉子さんに惹かれていても、実る可能性は低いと思っていた。ただ、予想外に佑が協力してくれて、距離を縮めることが出来る。

「気持ち悪いかもしれないけど、莉子さんが好きです。付き合ってもらえませんか?」

 驚いた顔をした莉子さんは、

「気持ち悪くないよ。付き合ってみる?」

 と佑そっくりな言葉と行動が見事に一致した感じで、私を受け入れてくれた。

でも、生理的な部分での限界はある。

 岬、やっぱり無理だったみたい、と伝えられた頃には、もう知っていた。

好きにはいろんな種類があるってことや、本質的には思いが一致することが稀だってことを知っている。

「うん、付き合ってくれてありがとう」

 私はきっと片想いしかできない。恋人になったからって両思いなわけじゃない。

 莉子さんは私の思いに、寄り添ってくれだだけだ。

 そのとき、佑はどんなことを考えていたのかを私は知らない。

 別の姿

 学校で今藤と夏川とは違う友達と話をしている佑を見かけた。

「じゃあ今回は代わっとく。代わりに今度代わってよ」

「助かる、佑」

 と友達が手を合わせる。

 ノリが幼なじみ達といる時とはまた違って、大人っぽく見えた。私は何かを言うこともなく、その脇を通り過ぎる。

 好きだった人の弟。

 よくない舵取りをしてしまわなければ、よかったのに。

 ただの友達でいられたのにね。

 学校終わりに友達に誘われて、ご飯を食べに行った。男友達とは踏み外さなければ長く続く。最初に女として認識されなければ成功だ。

 中学の頃からの友達で歴は長い。彼女と別れたって話をしてきたから、へーっと軽く流す。私が基本的に女の子を好きになりやすいことを知っていた。

 競合になり得ないからうまくいっていると思っている。でも、

「一回俺と付き合ってみる?感覚変わるかも知んないじゃん」

 と向かいあった彼が作るよくない流れを感じされて、ゾッとする。

 お酒が入ったのが悪い。程よくほぐれると、好きじゃなくても欲に流される男もいる。

「そう言うのはないって言ったよね。だから今もこうやって飲んでる。可能性がある相手と飲まないよ」

「一回付き合ってみてダメならそれでいいじゃん」

「一回付き合うじゃなくて、今一回やりたいって顔に書いてある。……」

 思えば佑ともお酒が入っていたから間違った。

 勢いじゃやらないって言ってたけど、勢いつかなかったらやらないと思う。

「アプリとかにしなよ」

「相変わらず実らない相手に夢中って、虚しくねぇの?」

 サワーです、と聞き慣れた声が上からふってきて、私が顔を上げた。

「え、頼んでねぇけど」

「飲んでから一人で帰ってください。その子、今から俺と帰るんで」

 有無を言わせない空気感を作って、私の手を取る。

 ここが佑のバイト先だった?そんなことも知らないほど、私は佑のことを知らなかったらしい。

 ありがとうと言うべきかと迷っていたら、繋いだ手を離された。

「困ってそうに見えたから……ごめん」

 佑はそう言って、私は頷く。

「困ってた。ありがとう」

 黙ったまま隣を歩く。佑は背が高くて、隣に並んでしまうと表情が見えにくい。

「帰って大丈夫だったの?」

「助っ人分の仕事はしたから」

 それ以上何も言わない。互いに言うべきことが分からないからだ。

「お酒入ると、女だったらワンチャンイケるって思うのは、普通なんだね。恋愛とか抜きにしても、できちゃうんだな、きっと」

 例の友達とはまだ踏み外していないので、続くかもしれないけれど。ガッカリしたので一緒にお酒を飲むのはやめようと思った。

「一緒にしないでって言いたいけど。多分、岬からしたら俺も一緒かもな」

 ポツリと佑は言った。

「佑に関しては勿体なかったな。一緒に試合行くのは楽しかったから。しないほうがよかったかもね」

「俺も楽しかったよ」

 本命は誰?って聞かれると思った。でも、

「本命探すのはやめた。甚平にも海翔にも言ってるよ」

 と言う。

「岬のことは莉子からずっと話を聞いててさ。話してみたらサッカーに詳しいし、話はあうし。気になってたけど、岬には色んな噂があるから。どれが本当か知りたかった」

「そっか。色んな噂あると思うよ」

 美波先輩の元カレが変な噂を流していると思うし、私の評判は散々だと思う。私のことをビッチだと、異性愛の男の人は言うと思うのだ。

 性に奔放なんじゃないかって、妙な期待を込めている人もいると思う。

 そういう風に思われても、別にいい。本命に好かれることも考えてない。

「俺は岬が好きだよ。岬にとっては邪魔かもしれないけど……。そばにいたら嫌な気分になるかもしれないけど。岬が好き。俺にできることってなに?」

「……」

 見てみぬふりをしても、癒える気配がない。だったら、直視するしかないんじゃないかな?

「莉子先輩の試合に一緒に行ってくれる?」

 と言ったら佑は目をまるくする。よく光に入る瞳は見る見るうちに明るくなっていく。

 もちろん。佑はそれ以上聞いてこない。

 なんで気が変わったのかとも聞かない。佑は潔くて、自分にとって必要なことにしか触れてこない。

 私は佑を利用しているのかもしれない。ただ、佑と気まずくなるのは嫌だった。

 もう一度莉子さんの試合に行けば、何かが動き始めるかもしれない。

 一緒に帰って途中で別れ道に差しかかった。じゃあ、後でチケットあげる。また学校でと言って去っていこうとする。

「家には来ないんだ」

 と思ったままのことを言ったら、佑はキョトンとした顔をする。

「行っていいの?」

「この前は来たじゃん」

「あれは岬酔ってたから。誰かが行かないとって感じで。岬が俺の名前呼んでくれたから送ってった」

 酔っ払って送り届けてくれた記憶しかない。あの日、どうしてあんな風になったのか思い出せないのだ。

「今日は来なくていいの」

 誘っているみたいに聞こえる。どうしてそんなことを口にしたのか自分でも分からない。

「セックスしなくていいの」

 そのまま露骨に口にしたら、佑はしょんぼりした顔をする。

「そういう友達って思ってる?」

「どうかな。恋と性欲って何が違うの?佑はしたいから好きって思い込もうとしてるだけかも」

「一回したら性欲メーター下がるから……やりたいだけだったら、何回も会いたいって思わないよ。筋肉に血液流したいから、試合前はやらないし」

「試合?」

「明日フットサルの試合」

 見つめ合ってしまった。

「観に行ってもいい?」

 と聞いてみたら、「え」と佑が声をもらす。

「佑の試合って観たことなかったし」

 莉子さんの試合に一緒に行く友達。私に視野はとても狭かったみたいだ。でもいまは、同じことを繰り返して縮こまっている自分にうんざりしつつある。

「佑のこともう少し知りたいって思ってる」

 佑に激しく引き寄せられる感覚は正直ない。友達だ。

ただ、なぜか自分を好いてくれる相手に興味が出た。

 佑の顔がみるみるうちにほころんでくる。分からない。なんでそんな一言で顔が変わるんだろう。

「やばい、嬉しい」

 と言って抱きついてこられると力の強さに、悶絶する。

 変なの。

「でも今日は帰る」

 そう言って佑は帰っていく。

 対峙

 翌日、佑から聞いた体育館に行く。総合センター内の体育館で、美術館や図書館が隣接しているみたいだ。

 佑は大学のフットサル部に所属しているらしい。佑のチームメイトには見知った顔もちらほらいた。

 佑はキャプテンマークを巻いているのをみて、意外に思う。

 けれど、プレーを見ているうちに納得がいく。穏やかで朗らかだけれど、緩やかにリーダーシップを発揮するキャプテンだ。

 ミスが出れば即座にカバーに当たる。こまめな声かけも上手で、チームを鼓舞していた。

 視野が広くて、懐が深い。シュートを決めた瞬間に、私の方を向いて手を振ってくれた。

 佑だけを目で追ってしまっていたことに気づく。

 佑のチームは、4対2で勝った。試合終了後に帰ろうとしたところで、

「岬、来てくれてありがとう」と声をかけてくれる。けれど、チームメイトが同じ大学の生徒なので、気まずい。

 鵜方だ、と遠まきにしながら言っている声がしたので、

「お疲れ、ナイスプレーだったね」そう言って、先に帰ることにする。

 私にはあまり良い噂がないと思うのだ。特に大学内では。

 体育館を出てしばらく敷地内を散策していたら、美術展のポスターを見つける。

 あ、と声が出た瞬間に、

「あ、鵜方さん?」

 後ろからかかった声に、私の身体は硬直した。

 かすれ気味の声がその名前を呼ぶたびに、彼女の声は甘く高くなっていたのを思い出す。

「鵜方さん」

 無視したとしても、問題ないと思っていた。一方でその声の主からどんなことを言われても、仕方ないと思っている。それは私の罪だと思っているから。

 振り返ったら、予想通りに名越先輩がいた。長めの前髪を鬱陶しそうにかきあげる仕草は、相変わらずだ。

「ここで何してんの?」

「体育館に用がありました。でももう帰ります」

 先輩こそ何の用があったのだろう、と思う。

「そこの美術館で展覧会の準備してたんだよ。展示室を借りられたから」

「そうなんですね」

 私には会話を続けるつもりがなかったけれど、なぜか名越先輩は距離感をつめてきた。

「その後、元気にやってる?」

 曖昧な言葉でこちらの状況を聞いてくる。こういうのは、あまりいい感じじゃないと知っていた。

「また遊ぼっか?」

 名越先輩が言葉にそっと含んだ笑いは、私を嘲笑う笑いだと感じた。

「付き合ってる人、いないんでしょ?」

 私のSNSは名越先輩と繋がっていないはずだ。でも、名越先輩の周りには、私がかつて参加していたグループのメンバーがいる。

「いないですけど……」

「いないならいいじゃん」

 肩に手をまわす先輩を拒絶できない。でも、身体の感覚が全力で拒否している。

「知らない仲じゃないじゃん?それともさ、何にもなかったってことにすんの?」

 顔を見上げれば、先輩はニヤリと笑う。

「オレのこと好きだったんでしょ?」

何にもなかったってことにしたい。名越先輩のことが好きだったことは一回もない。

 そんなことを説明したいと思える相手じゃなかった。にも関わらず、私の回りくどいやり方で、色々な誤解が生まれているのはわかっている。

 好きだったことにした方が、面倒くさくないのは分かっていた。自分の本音を名越先輩に話す必要もない。

「美波とはさ、誤解で別れたけどさ、鵜方さんとの間には何にも後ろめたいことなんかないし」

 私には名越先輩との間に、後ろめたさしかない。

「私は名越先輩に誤解をさせちゃったと思います。だから、もう名越先輩とは……」

「鵜方さんは美波の弟にも媚びうってるみたいだし、幼なじみ軍団にも手出してるんだろ?遊ぶのが好きならそれでいいんだよ。隠さなくっていい、それが鵜方さんでしょ」

 それが私?

 私は私がどんな人なのかあまり分かっていない。

 私は常に混乱の中にいるからだ。

 憧れと好き、性衝動と性対象、どれもあやふやでよく分からない。

 莉子さんと繋がりたいっていう衝動があったのは確かだけれど、それが恋なのかただの性衝動なのかも分からない。

 名越先輩とのことは、ただの愚かな行動だったとは思うけれど。

「あの日だって、誘ってきたのは、鵜方さんからだよね?いいじゃん、また遊ぼ。何なら今からキスしてあげよっか?」

 悪魔の微笑みで、私の胸から下を全て真っ黒に染める。

 そう、名越先輩は正しい。誘ったのは私からだ。

 名越先輩は、私の顎に親指を添えて、顔が近づけてくる。

 うん、私が誘った。でも、どんなに馬鹿げているとしても、当時の私にとっては最善だったと思っている。 

 したくない。でも、これが罪滅ぼしなのかもしれない。

 好きになっても報われない、割り切れない思いばかり抱えてもがいている私が悪い。

 でも、誰かを思うことは……悪いことなんだっけ?

 名越先輩の唇に笑みが浮かぶのを、見て諦めた。

 そう、あの時のままだ。

「あぁーダメっすよ。岬は俺と付き合ってるから。名越先輩がそれしたら、浮気になっちゃうんで」

 同時に声を方を振り返れば、ユニフォームのままの佑がいた。

「あー成瀬の弟かぁ。鵜方さんの言動にまんまと勘違いしちゃったって感じ?」

「そうですね。勘違いって幸せかもしれないです」

 曇りのない笑顔で、迷いのない声音で佑は言う。

「へーうぶでいいねぇ」

 急に興味を失ったように、名越先輩は私から離れていく。

「フットサル部だっけ?鵜方さんはそっち界隈にも顔出してるんだね。さすが……」

 名越先輩がけなし言葉を飲み込んだのが分かった。

「岬とは家族ぐるみで仲良いんです」

「ふーん」

 名越先輩はつまらなそうに鼻を鳴らして、

「そっか。鵜方さんは誘うの上手いしねぇ」 

 と言って、そんじゃいくけど、また用があったら連絡してねと言う。

 私は答えない。

 佑に知られたくないと思った。でも、きっとある程度のことは伝わっていると思う。

 去っていった名越先輩を見送った後で佑が言う。

「さすがだなー名越先輩。すかさずナンパ……」

 佑の気の抜けた物言いに、こちらの強張りもとけてくる。

「私たちって付き合ってるんだ?」

 佑のさっきの言葉を蒸し返したら、

「うん、そういうことにしとこ」

 と頬を指でかきながら言った。

 ※

 友達だけど

 この後用事ある?と佑に聞かれて、ないよ、と答える。

 ボール蹴りに行こう、と誘われた。

 スポーツが得意とは言えない私はあまり乗り気じゃない。

 けれど、

「いいよ」と答える。

 敷地内のグラウンドに移動して、パスからのシュートを教わった。足の向きとか、軸足の位置とか体重移動とか、動きまじりに説明されても、自分の身体がうまく動かないことを知り、佑や莉子さんの凄さを実感する。

「見てるだけだと凄さって分からないね。佑も莉子さんも凄い」

 素人じみた感想だけ残して座り込めば、佑がこちらに手を伸ばして立ち上がらせてくれた。

「莉子は凄いよ、エースだし」

「佑も凄かったよ、かっこいいキャプテンだった」

 目を丸くしてこちらを見る。

「今俺、褒められた?」

「うん」

「やば、嬉しい」

 と佑は頭をかいた。

「私は応援しかできないけど」

「それでいい、またフットサル観に来て欲しい。莉子の試合にも一緒に観に行こ」

「うん」

 帰ろうか、どちらが言い出したわけでもなく帰路に着く。

 あと一つ曲がり角を曲がれば私のアパートが見えるところで、佑が口を開いた。

「岬はなんで編入学するの?」

「私は元々理系志望だったんだけど。父親に経営学やっとけって言われてここにきたの。高校からこっち来てたのも、武者修行とモラトリアム期間の合わせ技って感じで。うちは兄弟も母親もいないから、父の会社手伝わないとって思ってる。地元に理系強い大学あるから、そこに行くつもり」

「大学別になっちゃうな」

「そんなに遠くないよ」

「少なくとも十駅分は離れる」

「数えたの?」

「うん、岬の実家の最寄駅は莉子が知ってた」

「そっか……」

 佑が立ち止まるので、私も立ち止まった。

「俺は岬が好きだよ」

「ありがとう」

 私は佑に恋をしていない。でも好きだ。

「私も佑が好きだよ」

「本命じゃないと思うけど」

「本命なんか、いらないよ」

 恋愛対象か考えることはあるけれど、友達対象かどうかはあまり考えない。

 友達なら、恋人と違って別れはない。生活スタイルの変化で会う頻度が変わるだけだ。 

 私が言ったら、佑は頷いた。

「もう、聞かない。俺は岬のことを好きでいる。これからも好きでいちゃうかもしれないけど。付き合おうって言わないよ」

 告白をしたら、受け入れるか断るかしかない。私が莉子さんにそうしたように。

「ありがとう」

 視線が合う。私はだらしなくて、ビッチだと、その噂をまず受け入れようと思う。

 好きな人とは身体の関係を結んだことがない。私の好きになる人は、私を恋愛対象、肉体関係対象として見ていないことが多いからだ。

「しなくっていいの。もうすぐ、私いなくなっちゃうけど」

 誘いを向けるだらしない女、と思ってもらってもいい。身体の気持ちよさと、恋愛感情は別物だ。

「悪い女だと思ってもいいよ」

「岬は、悪い女の子じゃない。したいことに、理由づけなんかいらないと思うけど」

「きっと、いろんな噂が生まれると思う」

「誰にどう思われても、俺は興味ないよ」

 触れてみたい、触れられてみたい。

 恋じゃなくても、そんな感情は湧くんだ。

 

 佑の指先に触れた。来て、と口の形で表したら、佑が唇を噛み締める。

 伸びをする猫のようにお尻を突きあげる体勢をとれば、佑の手のひらがお尻を左右に割広げる。

 肛門を撫で、さらに奥に手がやってきて膣口に指がはいった。長い指が奥まで届いたときに、ピリっと身体が痙攣する。

「吸いついてくる、かわいい」

 後ろから首筋にキスをしてきて、呼気が首筋を蒸らす。なんども指を往復されるまでもなく、中がとろとろになっていた。

 引き抜いた指を舐める音がして、

「岬の味」と佑が言う。

「恥ずかしいから……」

「味わっとかないと。嫌われたら最後だから。俺の一方的な、片思いだから」

「嫌いになんないよ。友達だし、別れはないよ」

 友達、と佑は口の中で呟いて、私の左右の腰を掴んできた。

「好きになってごめん。勝手に本命にして、ごめん、岬」

 佑の手に、自分の手を重ねる。

「いつまで続くか、確かめてみて」

 そう言ったときに、佑自身が入ってきた。

 内臓をえぐるようなボリューム感に、自然と声が出てしまう。悲鳴のような声に自分で驚いてしまった。

「みさき、好き」

「ありがと」

 これはだらしのない、肉欲にほだされた関係?

 セックスで繋がる泥沼の関係?

 よく分からないし、誰かに説明する理由があるとは思わない。

 他人に理解されるような恋を、私は一度だってしたことがないからだ。

 佑は私にとって仲のいい友達で、憧れの先輩の弟で、穏やかな感情で満たされる相手だ。

 恋ではないと思う。焦らないし、嫉妬もないから。

 

 私がこの先誰かに恋するのか、その恋が実るのかは、今の私には分からないことだ。

 ただ佑の恋が続くかぎりには、恋の寿命が尽きるのを見届けるつもりでいる。

 

 

                 おしまい

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